DSC07199.jpg

平成24年2月17日(金)に『産業観光:夜景モニターツアー』に同行しました。18時に宇部新川駅を出発する時は空もまだ明るかったのですが、初めの訪問先宇部興産機械㈱屋上に着いた頃には、辺りは薄暗く屋上からは工場群の光がキラキラと輝き、冷たい風が吹く厳しいコンディションではありましたが、普段は見る事が出来ない澄んだ夜景を見る事が出来ました。

次に宇部興産道路を通り山陽小野田市の西部石油㈱山口製油所へ向かう途中の興産大橋からは、西部石油㈱山口製油所の夜景を海側から眺めたり、いつも通る厚東川大橋のやわらかい光を眺めたりと、車中からも多くの夜景を楽しむことが出来ました。

西部石油㈱山口製油所では原油や精製油が通る配管やプラントを映し出す光がとてもきれいで、ゴツゴツした配管が柔らかく見えました。

その後、夕食の中華弁当をANAクラウンプラザホテル15階コンフォートで頂き、そこから見える商業施設や港の光を楽しみました。

最後に湾岸道路を藤曲ICまで通り、宇部アンモニア工場のプラントを間近で見る事が出来ました。ここで雪が降り出しましたが多くの方がバスから下車し雪の中プラント夜景を楽しんでおられました。

夜景ツアーは来年度募集型ツアーに組み込まれる予定で、宇部市・山陽小野田市の新たな観光資源になること間違いなしです。皆様も今までの産業観光バスツアーと共にご参加頂きたいと思います。

kumakiti.jpg

 

 

 

 

【アクセス】 柳瀬バス停より徒歩8分

 

 

 

 

 

 

 

元治元年(1864年)7月19日京都でおこった「禁門の変」で来嶋又兵衛に先んじ蛤御門で戦死した岡崎熊吉をご存じですか。彼は天保3年(1832年)に生まれ、10歳で萩藩に仕えた父を亡くしました。20歳で結婚し、赤川にある妻の実家近くに居を構えました。1女1男に恵まれたものの、幕末維新の波にのまれ32歳の若さで命を落としました。生前、武士はいかに今が平和でも常に戦場へ向かう覚悟が必要と武芸に励み、心身の練磨を怠ることはなかったそうで、戦陣に臨む場合にそなえての訓練として、よく生米や生魚を食べていたといわれています。生きた小鮒に味噌をつけて口に入れる時、魚の頭から先に入れると、口の外で魚がしっぽをふって顔一面が味噌だらけになるので、しっぽから口に入れるよう家族に教えていたというエピソードも残っています。京都から母と妻子のもとに届けられた遺髪は、赤川虚空蔵堂境内に埋葬された墓標が建てられました。

月別アーカイブ