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 かつて、有帆川を挟む旧須恵村(後の小野田町)と旧高千帆村の間には橋がなく、渡し舟が利用されていました。
 明治33年(1900年)に旧高千帆村に小野田駅が開設し、徐々に両村のつながりが深まっていくなか、明治42年(1909年)に小野田橋(現在の第二小野田橋)が開通しました。昭和15年(1940年)には、第二小野田橋の下流側に現在の小野田橋が完成しました。
 普段は何気なく通る小野田橋ですが、夕暮れ時になると表情を変え、ガス燈のあたたかな灯りが、辺りをレトロな雰囲気に包み込みます。
 夕焼けに赤く染まる空、有帆川に映る夕日、そしてガス燈の灯りがある風景は、見る人の心をとらえ、懐かしい気持ちにさせてくれます。冬の寒空の下、街のちょっとしたあたたかな風景を眺めてみませんか。

91 赤崎神社

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【アクセス】赤崎神社バス停留所横
 赤崎神社の祭神は、大巳貴命と少彦名命で、社伝によると文永9年(1272年)に奈良県大神神社より勧請し、当初は本山の赤崎和田に創建し、天正19年(1591年)に現在地に遷座されたと伝えられています。
 境内には、市指定史跡「塩浜石炭焚滓堆積地」のほか、明神型鳥居三つを一つに組み合わせた珍しい形の「三輪鳥居」があります。
 「塩浜石炭焚滓堆積地」は、当時、農漁業のかたわら副業で塩田が営まれていたおり、塩浜の燃料として使用した石炭の焚かすが堆積したもので、高さ2.4mもあります。焚かすの上には古松の切り株があり、昭和22年(1947年)頃に伐採したとき、年輪が300を数えたといいます。300年前の江戸時代初期には、製塩に石炭が使用されたことになります。
 珍しい「三輪鳥居」や塩田が営まれていた当時の歴史に思いを馳せながら、境内を散策してみませんか。

90 有帆川

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 有帆川は、その源を美祢市伊佐の桜山に発し、小河内川・今富川・矢矯川・小野川等の支川
を合わせ、本市において、瀬戸内海の周防灘に注ぐ流域面積64・4㎢、流路延長31・8㎞の2級河川です。
 石炭採掘の始まった藩政時代は、石炭などの舟運輸送に利用され、川筋は藩都萩を結ぶ街道
となっていました。また、かつては有帆や千崎周辺まで海が広がっていましたが、高泊開作に
よって陸地となりました。大正時代以降には、海底下の炭層採掘とそのボタ処理の埋め立てに
よって、河口付近の海岸部は大変貌を遂げ、現在では、工業地域の一角をなしています。
 上流域はスギやヒノキの植林などが広く分布する林地。中流域は、船木などの市街地や農用
地。下流域は干拓地や埋め立て地を利用した工業地域となっており、上流と下流で大きく姿を
変える有帆川。四季折々の自然を楽しむことができます

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【アクセス】浜バス停留所より徒歩2分
 高泊地区の当嶋八幡宮参道の下にある「浜五挺唐樋」は、寛文8年(1668年)に作られた高泊開作400町歩(ヘクタール)の排水用樋門で、岩盤を切り抜いて造られたことから切貫唐樋とも呼ばれています。
 唐樋とは、干満を利用して開閉する樋門のことで、満潮の時は潮の圧力によりまねき戸が閉まり、干潮の時は遊水池のたまり水の圧力によりまねき戸が開き、排水します。
 最初は、三枚の招き戸で開閉していた三挺樋でしたが、排水能力を上げるために、安政4年(1857年)に五挺樋に拡張され、平成元年(1989年)まで使われていました。
 浜五挺唐樋は、当時の優れた工法を今に伝える貴重な遺構で、平成8年(1996年)3月には、「周防灘干拓遺跡高泊開作浜五挺唐樋」の名称で国の史跡に指定されました。

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【アクセス】車で国道190号から焼野海岸方面へ
     山陽自動車道小野田ICから約20分
 竜王山の中腹にある「竜王山公園オートキャンプ場」は、市内外から多くの人が訪れる、リ
ピーターも多い人気のオートキャンプ場です。
 場内には、宿泊設備を備えたトレーラーハウスや共同炊事場などがあるサテライトハウス、
展望台、子どもたちに人気の竜のアスレチックなどがあります。シャワールームや洗面台も
完備しているため、女性でも安心して利用できます。海に面したサイトからは、おだやかな周
防灘、遠くは九州まで望むことができます。
 竜王山のふもとにある焼野海岸には、トロン温泉が併設された「きらら交流館」やガラスの
制作が体験できる「きららガラス未来館」もあります。
 海と山を満喫できる、竜王山公園オートキャンプ場で、夏の思い出を作りませんか。
【問い合せ・申込先】
竜王山公園オートキャンプ場 ☎89 – 0055

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 小野田線は、宇部市の居能駅から小野田駅までを走る本線と、雀田駅から分岐して長門本山駅まで
を走る本山支線があります。大正4年(1915年)11月25日に小野田軽便鉄道により、小野田駅から
セメント町駅間の4.6㎞が開通しました。当時は小野田セメント㈱などの工場への引き込み線があり、
石灰石や石炭輸送などで活気に溢れていました。
 本山支線は、昭和4年(1929年)に宇部電気鉄道により、石炭輸送を目的に当時の新沖山駅から
沖ノ山旧鉱駅間の8㎞が開通しました。その後、昭和12年(1937年)に雀田駅から2.3㎞が分岐して
本山支線となりました。かつては、日本最古の電車「クモハ42形」が運行し、全国からファンが訪れましたが、
平成15年(2003年)に惜しまれながらも引退しました。
 小野田線は、現在も市民の交通手段として利用され、今年で100周年を迎えます。この機会
に小野田線に乗って、市内の風景などを楽しみながら、のんびりとローカル線の旅に出かけてみませ
んか。

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 千町ヶ原の最北にある圓應寺は曹洞宗の寺院で、天保末年には本堂、境内には薬師堂と荒神堂があ
り、荒神堂は千町ケ原の鬼門に当たることから、権現・住吉・三宝荒神を安置し、権現は千町ケ原を
開墾した寝太郎を祀まつったとされています。
 荒神堂は現存していませんが、昭和3年(1928年)に発見された「寝太郎権現像」が、寝太郎
のご神体ではないかとみられています。
 昭和30年(1955年)年に寝太郎奉賛会が設立され、昭和47年(1972年)には、奉賛会に
よって権現堂が建立されました。毎年4月5日には権現堂が開かれ、寝太郎権現像を拝むことが
できます。
 また昭和33年(1958年)に始まり、毎年4月29日に開催される「寝太郎まつり」では、千石船に
乗った寝太郎権現像が、鴨橋から厚狭駅前商店街を練り歩きます。
 寝太郎は、平成27年3月に「山陽小野田市ふるさと文化遺産」に登録されました。

竜王山で春の山野草ウォッチングが開催されます。

なんと今年で20年を迎えます。
竜王山は様々な山野草の宝庫でもあります。当日は、山野草や竜王山に詳しい
自然観察指導員の方が楽しく、分かりやすくガイドをしてくれます。
春を見つけに行きませんか?
日  時 4月29日(祝)8時30分~
集合場所 本山公民館
講  師 自然観察指導員 嶋田 紀和 さん
定  員 40名(定員になり次第締切)
参加料  200円
持参物  お弁当、飲み物
申込・問合せ 本山公民館 TEL 88-2001
山野草.png

ヒトリシズカが竜王山で見ごろとなりました。頂上手前の道路脇でごらんいただけます。
同じ場所の西側斜面はこれから月末にかけてみごろとなる予定です。
これだけの群生は近辺では見られません。竜王山の春を代表する花の一つです。
 ヒトリシズカtori.jpg
なお、桜の木の蕾が膨らみ始め、開花もまもなくです。
竜王山で春の訪れを感じてみませんか。

昨年の大河ドラマの放送を契機に、期間限定で運行した臨時快速列車「幕末ISHIN」号が、

3月19日(土)から装いも新たにリスタートします。
同列車は、沿線地域の観光名所や幕末の志士をデザインした、薩長同盟締結150年の記念ラッピングや、
車内吊り観光ポスターの掲示など、地域と密接に連携した観光列車です。
是非、「幕末ISHIN」号にご乗車いただき、沿線地域への旅をお楽しみください。
 ≪運行スタートイベント日時≫
 平成28年3月19日(土)9時15分~10時00分
 ≪会場≫
 JR厚狭駅1番ホーム
 ※駅構内に入るためには、JRの切符または入場券が必要です。
 ≪イベント内容≫

(1)記念セレモニー(9:15~10:00)
※荒天等の場合、イベントの中止、内容の変更の可能性があります。
(2)記念品の配布(先着50名様)
当日9:00よりJR厚狭駅1番ホームにて整理券の配布を行います。
地元山陽小野田市の名産である地酒をプレゼントいたします(年齢確認をさせていただく場合があります。)。
(3)観光パンフレットの配布・写真撮影サービス
観光パンフレットの配布、沿線地域マスコットキャラクターによるグリーティング、写真撮影サービス等を行います。
*イベント当日は、美祢線沿線主要駅においても、お菓子やパンフレットの配布、横断幕の掲出、マスコットキャラクターによるお出迎えなどのイベントも実施される予定です。

  幕末ISHIN号の運行情報など詳しくはこちらから→幕末ISHIN号
 ishin.png
   ※デザイン(イメージ)

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