16 旦の登り窯 2008年11月

旦の登り窯.png

 

 

 

 

【アクセス】 JR目出駅から徒歩で8分

 

 

 

 

 

 

旦はかつて、手塩(てしょう)(ざら)と呼ばれる食卓用の小皿など家庭用品を焼いたことから、「皿山」と呼ばれました。皿山の起こりは、天保の末年(1840年頃)に陶磁器職人である甚吉(じんきち)が旦に移り住み、前原一誠の父の援助を受けて登り窯を開いたのが始まりです。その後、明治24年(1891年)に「日本舎密(せいみ)製造株式会社」(現在の日産化学工業株式会社)が操業した後、この地の粘土が耐酸容器に適していたことから、皿山の製陶業は急速に発展し、最盛期には2630数基の登り窯の煙突が見られました。しかし、昭和30年頃から容器の素材の変化に伴い皿山の製陶業はしだいに衰え、各地にあった登り窯は取り壊されていきました。現在残っているものはわずかに旦の1基のみとなり、平成6年旦の登り窯は貴重な史跡として市の指定文化財に指定されました。

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