49 千林地蔵 2011年8月

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 【アクセス】 石鞘バス停すぐ

 

 

 

 

 

 

 

宇部市大沢に生まれた千林尼が、船木の逢坂観音堂から吉部田の玉泉尼に移住したのは、幕末慶応3年(1867年)の暮れのことでした。それから明治2年(1869年)、同庵で息を引き取るまで、僅か数年に過ぎませんが、その間の活躍はめざましいものがあったそうです。当時、厚狭川の下流沿いには道らしい道もなく、火薬町から石鞘にかけてはとても険しく、人馬が川に落ちて水死するといったことが後を絶たなかったと言われています。それから菩堤をとむらって、慶応4年(1868年)正月、千林尼が発起して建てたのがこの地蔵さまです。もとは日本化薬株式会社正門前にあったものを河川改修時、現在地(石鞘バス亭近く)に移しました。また、地元の人々のために千林尼が自ら託鉢して集めた浄財を資金にして敷いた船木から有帆までの石畳道の一部が、有帆大休に今も残っています。

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