55 岡崎熊吉の墓 2012年2月

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【アクセス】 柳瀬バス停より徒歩8分

 

 

 

 

 

 

 

元治元年(1864年)7月19日京都でおこった「禁門の変」で来嶋又兵衛に先んじ蛤御門で戦死した岡崎熊吉をご存じですか。彼は天保3年(1832年)に生まれ、10歳で萩藩に仕えた父を亡くしました。20歳で結婚し、赤川にある妻の実家近くに居を構えました。1女1男に恵まれたものの、幕末維新の波にのまれ32歳の若さで命を落としました。生前、武士はいかに今が平和でも常に戦場へ向かう覚悟が必要と武芸に励み、心身の練磨を怠ることはなかったそうで、戦陣に臨む場合にそなえての訓練として、よく生米や生魚を食べていたといわれています。生きた小鮒に味噌をつけて口に入れる時、魚の頭から先に入れると、口の外で魚がしっぽをふって顔一面が味噌だらけになるので、しっぽから口に入れるよう家族に教えていたというエピソードも残っています。京都から母と妻子のもとに届けられた遺髪は、赤川虚空蔵堂境内に埋葬された墓標が建てられました。

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