73 火箱と石炭問屋奉納石祠 2014年5月

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【アクセス】JR小野田駅からバスで「萩森口」バス停下車、徒歩5分





 火箱という名前の由来は、かつて高泊開作の灌漑用水のため、有帆川に石堰を造り、取水口に樋箱を取り付け、用水路に流していました。この取水口付近を石井手、その対岸を樋箱から火箱と呼ぶようになったといわれいます。
 有帆川に架かる第一高千帆橋(共和町)の東土手、火箱に花崗岩で造られた石祠が立ってます。この石碑は石炭問屋が商売繁盛と航海安全を祈念して奉納したもので、多くの石炭問屋の屋号と名が刻まれています。
 明和2年(1765年)、火箱に石炭積荷場が設けられ、石炭船の運上銀を徴収し、有帆川の通行札を渡していました。やがて有帆炭が三田尻塩田などへ多量に出荷されるにつれ、火箱に石炭問屋が集まるようになり、この付近は、とても賑わう市がたつようになりました。その市は現在も、5月の第2日曜日に有帆公民館周辺で開催される「有帆市まつり」として引き継がれています。

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